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KainokiKaedeの日記 RSSフィード

2011-09-09

[]章分け 23:43 章分け - KainokiKaedeの日記 を含むブックマーク はてなブックマーク - 章分け - KainokiKaedeの日記

例示

4章

ほげほげはほげほげである。ほげほげではない。

4.1節

ほげほげかもしれない。

4.2節

ほげほげだ。

気に入らない点

4章と4.1節の間にある部分は何なんだよ、といつも思う。一つの節にしてしまえよ。

2011-09-06

[]何かをする、とは? 01:09 何かをする、とは? - KainokiKaedeの日記 を含むブックマーク はてなブックマーク - 何かをする、とは? - KainokiKaedeの日記

最近、自分のやりたいことは何か、と自問することが多く、また他人からもよく訊かれる。

自分はその質問に対して、一応の回答を持っているのだが、それを話すとほぼ全員に「それはやりたいことではない」と言われる。もしくは「そんなことがやりたいことだとは、もったいない」と言われる。

この「やりたいこと」を達成するのは非常に難しい(と自分では思っている)。そして、実は人類は、少なくとも産業革命の頃からはこの目標に向かって進んできたのだ(と自分では思っている)。

まぁでも確かに自分でも「こんなことが自分のやりたいことだったのかー」と思わなくもない。他に、自分の命をかけてでも達成したいと思えるような目標があったら是非ともいただきたい。

しかし、結構長い時間をかけて「自分の本当にやりたいことは?」と問うてきて得た答えなので、ちょっとやそっとの目標では覆らない。総理大臣になるとか(これは私の友人の目標だ)、日銀総裁になるとか(これも私の友人の目標だ)、そういうどんな目標よりも自然な目標だと思う。

……つまり何が言いたいかというと、まともな目標が欲しいなぁーということ。自分の現在の目標は全くまともではない(もしくはまともすぎる?)。それは自覚している。

なんかいい目標ないですかね。

※追記

しかもこの目標を自覚してしまうと、おそらくどんな目標を後に持ったとしても、完全にその目標に心酔することができない。どんな目標を持ってもそれに集中することができなくなってしまう。いわば目標のペストである。他のいかなる目標にも感染してそれらの意味を片端から奪ってしまう……。

2011-09-02

[]人生の価値は社会から与えられる 04:43 人生の価値は社会から与えられる - KainokiKaedeの日記 を含むブックマーク はてなブックマーク - 人生の価値は社会から与えられる - KainokiKaedeの日記

文化から離れたところに行動の意味などない。人間が行う行動は、突き詰めて言えばただの自然現象であって、自然現象に意味を付加するのは人間の精神・文化などといった高次(と人間が思っている)の存在である。

社会や文化などのコンテクストを抜きにして行動に意味や価値を見出そうという試みは無駄であり、行動はそれをとりまく社会と比較して意味付けられなければならない。

そして、少々論が飛躍するが、自己の価値というのは社会(の構成員である他者)との比較でしか意味付けられない。そもそも価値というものが社会抜きには存在し得ない(主観的な価値も、社会の一員である自分が得た価値観に基づくものであって、生得的なものではない)。

なんでこんなことを書いているかというと下のような文章を読んだからである。

 猪瀬直樹氏は、「自分しか見ていない」現象が、「自分がわからなくなる」ことを引き起こし、それが結果的に仕事にやりがいを感じず、すぐに会社をやめてしまう理由になっていると指摘しています。

(自分しか見ていない)その究極がオタクオタクは自分を取り巻く小さな世界しか見ていない。もっと極端にいえば、自分しか見ていない。自分しか見ない結果、どうなるか。-自分がわからなくなるんですよ。

「なぜ仕事が長続きしない」若者がこんなに多いのか?

 自分というのは、他人との違いを意識することではじめて、何者かがわかるものなんです。価値観の異なる他人と関わることで、社会全体における自分の位置づけが見えてくるものなんです。

 (それが)「なんでオレ、北海道の端っこなんかに転勤させられるんだ?」って、すぐ辞めちゃう。自分がそこで働くことで北海道の人に役に立っているんだという意識を持てない。自分しか見ていないから、自分の仕事が他者にどんな影響を与え、社会全体の中でどんな意義があるのかをまったく考えられない。

猪瀬直樹の30代再生計画「自分の道は自分で切り開く」『big tomorrow 2006年1月号』

 猪瀬氏は「今の若者は」と言っていますが、私はたとえ若者でなくても誰もが、自分の中だけで「自分がすべき仕事は何か?」の問いに答えることは不可能ではないかと思っています。

http://www.kyoto.zaq.ne.jp/dkaqw906/sagasimonohasugusobani.htm

いままで、自分自身を見つめ直すことで自らの人生に価値を与えようとしていたが、それは無駄であって、社会的な価値を考えずには自らの人生の価値は評価し得ないのだろう、と思った。